【侘び寂び】を説明できますか?

「日本人の美意識である【侘び寂び】」という文章、よく見かけますよね。 

なんとなく、古来から伝わる日本独特の美意識として認識され
なんとなく、ふわっとした感覚で使ったりしていませんか? 
その「なんとなく」を否定するわけではありません。 

でもせっかくなので、この場でその「なんとなく」を少し言語化できたらと思います。              

侘び寂びとは、本来『侘び』『寂び』という2つの単語からなります。
侘び:気落ちする、鬱々とする、悲嘆、のように精神の下降状態を示す内面的な意味
寂び:古びる、色褪せるなど時間の変化による劣化した状態で表面的な意味

 
   
今の時代に生きる私たちがこのような状態になった時、どのように解消するのでしょうか?

物が劣化すれば、修理をしたり新しいものを買います。
気持ちが落ち込めば、気を紛らわすことをします。
変化させますよね。当たり前のことです  。

では、昔の時代に生きた人々はどうでしょう。

きっと私たちと同じようにしていたのでしょうが、
今と同じでは「侘び寂び」の言葉は生まれません。

 

もう一つの選択肢『受け入れる』という考えがあったのではないでしょうか。

 

時の流れを思わせるものを受け入れ、感じる中で美しさを見出す。
表面的な豊かさがなくても、精神的な豊かさを生むことができる。

 

この意識が自分たちを豊かにすると気づいた人々によって、
寂び:(変化の中で)質素や粗末な状態になったもの
侘び:寂びを受け入れ、美しいと思う心
に変化していくわけです。

同じく、昔からある言葉に「ハレとケ」(非日常と日常)があります。

この言葉がずっと深く馴染んでいた時代に、
人々はハレの日を心待ちにして日常を我慢しながら過ごすわけではなく
日常に見え隠れする、寂れたものへの美しさが心を豊かにし、
ハレの日をより良い日にしたのではないでしょうか。

不可避なものを一旦受け入れて感じる

これが侘び寂びの大きな根幹ではないでしょうか。

 

さて、ここまで読んだら「じゃあ早速侘び寂びの心を日常に取り込もう!」
なんて斡旋するわけではないのです。

 

頭の中のちょっとしたスペースにこの考えを置いておけたら
ふとした時に、
心の中のちょっとしたスペースに余裕ができる

そろそろ季節も秋に向かってきました。

これから目に映る季節の変化はもちろん、
皆さんの生活に散らばるちょっとした『侘び寂び』に
ふと心のスペースを感じてみてほしいです。

 

文章 すもも

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